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【レポート公開】~ユースリーダーシップ参加者のその後~ ラグビーを通じてより良い未来を:パンカジ・シンのリーダーシップの軌跡

掲載日:2026年10月6日

日本ラグビーフットボール協会(JRFU)が国際協力事業として実施する、アジアユースリーダーシッププログラムはアジアにおける、ラグビーの普及とラグビーを通じた社会課題への取り組みにおける次世代のユースリーダーが集まり、自らのリーダーシップやコミュニティや社会に変化をもたらすために必要なスキル、自信、ネットワークを構築する取り組みです。

今回は、RUCK’ed(現:アジアユースリーダーシッププログラム)の参加者であるパンカジ・シンさんのレポートをお届けします。

  

レポート

RUCK’ed(現:アジアユースリーダーシッププログラム)の参加者であるパンカジ・シンはマハラシュトラ州ラグビー協会(Rugby Association of Maharashtra)のラグビーデベロップメントマネージャーであり、エレノア財団(Eleanor Foundation)の共同創設者でもあります。パンカジにとって、今回のRUCK’edへの参加は長い道のりにおける大きな転換点となりました。

パンカジは、幼いころ、学校へ行く前に牛乳を配達し、家族を助けるためにアルバイトをしてお金を稼いでいました。リキシャ(バイクタクシー)の運転手であった彼の父親は、息子が自分のように運転手として一生を終えることがないよう、よりよい教育を受けさせるために昼夜を問わずリキシャを走らせて働きました。

家族のために働いていたパンカジは、今、ワールドラグビー認定エデュケーター、国際試合のレフリー、そしてすでに何百人もの子供たちの人生を変えてきた財団の共同創設者となりました。彼の次の目標は、HSBCセブンズシリーズでインド人初のレフリーになることです。

パンカジのストーリーは、単なる個人が達成してきたことの記録ではありません。
彼のストーリーは、ユースがリーダーシップを発揮するためのツールを与えられ、自信をつけ、そして信念を持った時、どのような変化を起こせるかを私たちに教えてくれます。そして彼は今、この自分が学んだことを、次の世代に引き継ごうとしているのです。

共通の苦難の上に築かれた財団

パンカジは、ムンバイのコラバスラムで育ち、そこからインドラグビー協会のデベロップメントマネージャーにまで登り詰めた、イシュワラジ・コタリと共に「エレノア財団」を設立しました。
二人はお互いの共通点として、同じスポーツによって困難な環境から抜け出した経験を持っており、他の人にも自分たちと同じように、スポーツを通じて困難を乗り越えられるような架け橋を築きたいと考えたのです。

「私の家族はウッタル・プラデーシュ州からムンバイに移住し、父はリキシャの運転手をしています」とパンカジは話します。
「教育を受けることは私たちにとって困難なことでした。私が一生懸命勉強した唯一のモチベーションはスポーツでした。」彼はラグビーを通じて、自分の人生の進むべき道を見出しました。それは自分を証明し、家族を支え、そして最終的には他者を助けることができる道でした。

2023年に設立されたエレノア財団は、ムンバイのスラム街に住む恵まれない子供たちに、スポーツへのアクセスを提供することを目指して設立されました。
多くの家族にとって、子どもがスポーツをしている時間は、ゴミ拾いなどをして少額でも賃金を稼ぐ時間に充てたほうが価値があると考えられている環境の中で、子どもたちやその家族に活動の意義を理解してもらうことは簡単ではありませんでした。パンカジとイシュワラジは、ラグビーが子どもたちにコミュニケーションスキル、プログラムを終了すればその修了証などがもらえ、それが政府の仕事への道さえも開くことができるという目に見える成果を一つずつ示し、家族の信頼を勝ち得ていきました。

初期の頃は資金が不足に悩まされ、パンカジとイシュワラジは、自分たちの給料から財団の活動費を捻出し、プログラムを継続することに充てていました。その努力は徐々に実を結び、現在、財団は複数の拠点で週3回のセッションを開催しています。
また、インドのグラスルーツスポーツにおける注目すべき成果として、ビーチラグビー大会で「すべてのチームに少なくとも2人の女性を入れなければならない」というシンプルかつ意図的なルールを設けたことで、50%の女性参加率を実現し、ジェンダーによるスポーツへのアクセスの差が大きいインドで、大きなインパクトを残しました。

  

RUCK’ed:すべてを変えたプログラム

昨年1月、パンカジはRUCK’edに参加しました。彼はこの経験を、「プログラムを終えたときの自分は、参加する前の自分とは別人のようになっていた。」と語ります。

「最初のセッションの録画を見て、今の私を見てみてください。劇的な変化に気づくはずです」と彼は言います。「私はもう、間違えることを恐れていません。英語を間違えることも怖くありません。」

彼は、最初のZoomでのセッションの際、自分の意見をどう説明すればよいか分からず、たどたどしく恥ずかしかったことを覚えているといいます。ファシリテーターが「ここはみんなが挑戦できる自由で安全な場であり、間違いも学びの一部である」という声かけをくれたことが、彼の中で何かを変えるきっかけとなりました。セッションを重ねるごとに、彼は発言し、異議を唱え、以前なら飲み込んでいたような質問を投げかける勇気を持てるようになりました。

特に印象に残っている学びがあります。それは「正しい答えを持っていること」と「実際にリーダーシップを発揮すること」の違いです。
「私はリーダーになりたいという気持ちが強くありました。問題を解決したいと思っていましたが、全員の視点を考慮に入れていませんでした。」と彼は振り返ります。「思いやりを持たなければいけないことを学びました。全員を理解した上で、自分の意見を伝えるべきです。リーダーが一人で突き進み、周りの人をただのフォロワーにするのではなく、皆で共に歩むリーダーでありたい。私は一人で先頭を走るのではなく、皆と一緒に進むリーダーになりたいです。」


この学びは、現在、彼がプログラムを運営する際に彼が大切にしていることとなっています。

年代ごとにパスウェイを構築する

RUCK’edの終了後、彼はフォローアッププログラムである日本のラグビーの普及について学ぶ、日本への招聘プログラムの参加者の一人に選ばれました。


日本のラグビーのパスウェイシステムを目の当たりにした彼は、今、インドでも同様のパスウェイを構築することに取り組んでいます。


マハラシュトララグビーのラグビーデベロップメントマネージャーとして、パンカジはインドのラグビー界では初めてとなる、一貫したプレーヤーパスウェイづくりの取り組みを導入しました。これは、U8のタッチラグビーから始まり、U21、そしてシニアのコンタクトラグビーまでを網羅するものです。「私たちは、世代間のギャップを埋め、プレイヤー達の年代間の移行をスムーズにし、持続可能性のあるパスウェイを構築しようとしています」と彼は言います。「8歳で始めて、25歳、26歳になっても途切れずプレーできる環境があるのです」。

これと並行して、彼は自身のエレノア財団で「Fun with Rugby(ラグビーで楽しもう)」という新しい取り組みを開始しました。これは8歳から14歳の子供たちを対象としており、「ルールを知らなくてもいい、ただ楽しみたいという気持ちがあればいい」というシンプルな信念に基づいたプログラムです。これは、ラグビーへの参加のハードルを下げ、あとは子どもたちがスポーツを楽しむことにフォーカスするという、ある意味で財団の設立理念を凝縮してつくられたプログラムです。

また、パンカジは目に見えないながら、事業と同じくらい重要なことにも取り組んでいます。それは、自分がいなくてもこれらのプログラムを運営できるチームを作ることです。「すべてを自分一人で背負うのではなく、5人から10人のスタッフがいて、私は一歩引いて全体を管理できるような組織を作ることを目指しています。」彼の長期的な目標は、今後2〜3年以内に、彼の家族のルーツであるウッタル・プラデーシュ州にエレノア財団の活動を拡大することです。

次の夢を追い続けて

パンカジはプレーヤーからマッチオフィシャル、そしてエデュケーターへとラグビーの専門性を身につけ、キャリアを歩んできました。その一方で、10年前に自分自身に課した目標である「HSBCセブンズシリーズでインド人初のレフリーになること」という目標を追い続けています。最近、彼はその夢に向かって大きな一歩を踏み出しました。「Asia Rugby Emirates Referees Panels 2026」にノミネートされたのです。

次のプログラム参加者へのメッセージを尋ねると、パンカジはためらうことなく答えました。
「可能性は無限大(Sky's the limit)でであるということす。決して立ち止まらないでください。夢を見ることを、努力することを、そして自信を持つことを。結局のところ、大切なのは『誰かがやってくれるだろう』と引き下がるのではなく、自分自身が変化を起こすその場に立ち続けることなのです」。

マハラシュトラ州の何百人もの子供たちのために道を切り拓くリーダーとして―パンカジの歩みは、人にチャンスと自信が与えられたとき、何が可能になるのかを私たちに思い出させてくれます。