Doctorドクター
コーチ、選手の生の声を聞き、復帰への道筋を考えるのがスポーツドクターの喜び│スポーツドクター 髙澤祐治
~ドクター編~
髙澤祐治(たかざわ・ゆうじ) 順天堂大学病院スポーツ健康科学研究科教授
ラグビーはいつから始められたのですか。
小学1年生のとき、藤沢ラグビースクール(神奈川県)に入りました。父がスポーツドクターで、兄も藤沢ラグビースクールに通っていたので、その影響ですね。子供のころから、将来、スポーツ関わる仕事がしたい、スポーツを続けていきたいと思っていました。
医師(ドクター)になりたいと思ったのはいつですか。
高校生の時ですね。スポーツドクターだった父の影響もありますし、自分が怪我をしたこともあって、ドクターの仕事に魅力を感じ始めました。スポーツに一番近いということで、整形外科を選びました。
1997年にサントリーラグビー部(現・東京サントリーサンゴリアス)のチームドクターに就任されましたね。
1994年に医師になり、3年後のことでした。サントリーラグビー部の監督は土田雅人さん(現・日本ラグビーフットボール協会会長)で、チームのメディカル(医療体制)強化の方針を打ち出していました。あの頃は平尾誠二さん(故人)が日本代表監督で、ドクター、栄養士、トレーナー、ストレングスコーチ(身体能力を高めるコーチ)などのスタッフをしっかり組織していました。それを土田さんも、メディカルが強くならないと、チームが強くならないという考えでした。
ラグビーのチームドクターの役割を教えてください。
当時はクラブハウスに出向き、負傷者のチェックをして、週末の試合に向けて出場できるかどうかなどを診断し、必要であれば治療をしていました。そして、どうすれば怪我を予防できるのか、どういう治療がいいのか、トレーナー、栄養士、ストレングスコーチなどとミーティングを重ねていました。
ラグビー選手はどんな怪我が多いのですか。
当時も今もあまり変わりませんが、肉離れ、膝の靱帯損傷、アキレス腱炎などですね。格段に良くなったのが、トレーナーさんによるトリートメント、ストレングスのトレーニング、栄養管理などですね。
僕がサントリーのチームドクターになった頃は、33歳、34歳だとベテラン選手と呼ばれました。30歳を過ぎで膝の靱帯の怪我をすれば引退を覚悟しなければいけませんでしたが、今は復帰できています。どのチームも怪我をしないトレーニング、長く現役を続けられるトレーニング、そして日々のコンディショニングやケアに取り組んでいますので、選手寿命は延びています。正確な診断が早くできるようになり、どの医療機関でも適切な治療が受けられるようになってきています。リハビリテーションも確立されてきました。ラグビーに対するスポーツ医学は格段に進歩しているということです。
僕がサントリーのチームドクターになった頃は、33歳、34歳だとベテラン選手と呼ばれました。30歳を過ぎで膝の靱帯の怪我をすれば引退を覚悟しなければいけませんでしたが、今は復帰できています。どのチームも怪我をしないトレーニング、長く現役を続けられるトレーニング、そして日々のコンディショニングやケアに取り組んでいますので、選手寿命は延びています。正確な診断が早くできるようになり、どの医療機関でも適切な治療が受けられるようになってきています。リハビリテーションも確立されてきました。ラグビーに対するスポーツ医学は格段に進歩しているということです。
チーム付きのドクターとは別に、ラグビーの試合には必ずドクターが立ち会っていないといけませんよね。
そうです。これは世界的な取り組みでもあるのですが、特に頭部外傷(脳しんとうなど)が起きた際には、必ずドクターが必要になってきます。ワールドラグビー(世界のラグビーを統括する機関)が頭部外傷に対する安全対策を強く打ち出していますが、選手たちに安全に長くプレーしてもらいたいという思いがあります。その考え方は、日本のメディカルスタッフ、指導者、選手も理解し、浸透してきています。
髙澤先生は、日本代表が南アフリカ代表から歴史的勝利をあげた2015年のラグビーワールドカップにドクターとして帯同されていましたね。
2012年のエディー・ジョーンズヘッドコーチ体制の日本代表のスタートから参加しました。我々メディカルスタッフもコーチ、選手と一丸となって準備を積み重ねて臨んだ大会でした。その最終ゴールで、南アフリカ代表に勝った時は、スポーツドクターとしても嬉しい瞬間でした。
あの試合前に、怪我の診断で出られなかった選手はいたのですか。
クレイグ・ウイング(ウィンギー)がそうでした。先発メンバーで出場する予定でしたが、前日に立川理道(ハル)に代わりました。僕はドクターなので、戦術やプレーのことには口を出してはいけないと考えていますが、急な交代にもかかわらず、ハルは普通にプレーをしました。あの試合は、メンバー変更があっても選手たちがまったく動揺せず、準備した通りのプレーを淡々としていましたね。たくましくなったと思いました。選手に出場不可能と告げるのは辛いことではありますが、ウィンギーは怪我でプレーするのが無理だったので仕方なかったです。
ジョーンズヘッドコーチから言われたことで、印象に残っていることはありますか。
エディーさんとは、サントリー時代から長く仕事をさせていただいています。「身体を作るコーチと、怪我を治すメディカルは常にコミュニケーションをとってください」と言われていました。世界的に、そこが上手くいかないチームが多いようです。たとえば、監督が求めるラグビーのスタイル、強度があって、それを達成するためには、ストレングスコーチは強度の高い練習をしようとします。ぎりぎりまで追い込まないとレベルアップできないからですが、それは怪我のリスクをともないます。
メディカルスタッフは強度の高い練習をして選手が大丈夫かどうか、各選手のコンディションを把握し、黄信号、赤信号、青信号を出すわけです。このコミュニケーションがストレングスコーチと上手くいっていないと、どの選手にリスクがあって、リスクがないのかわからなくなります。リスクを共有することが大切なのです。
メディカルスタッフは強度の高い練習をして選手が大丈夫かどうか、各選手のコンディションを把握し、黄信号、赤信号、青信号を出すわけです。このコミュニケーションがストレングスコーチと上手くいっていないと、どの選手にリスクがあって、リスクがないのかわからなくなります。リスクを共有することが大切なのです。
スポーツの勝負の舞台に立つことは、多くの医師は経験できないことですね。その楽しさや喜びはありますか。
病院の診察室の中にいると、そういう雰囲気は分かりません。スポーツドクターといっても、病院に来た選手を診察、治療するのが専門の人も多く、それも大切な役割です。ただ、私は現場で選手、コーチの声を聞きたいのです。怪我をした選手がどこをターゲットにして、どのように復帰していくかの道筋を一緒に考えていくことが、スポーツドクターの楽しさと感じています。経験値も必要ですし、常に知識をアップデートすることが求められます。特にコーチやメディカルスタッフとのコミュニケーションが大切で、それがないと、何が求められているかわからないし、チームの中で意味のない存在になってしまいます。
スポーツドクターの資質として、コミュニケーション能力が大事なのですね。
大事です。それと、空気を読む力かな(笑)。監督や選手の気持ちや、チームの雰囲気を感じて、その中で仕事をしてくことも大切です。
髙澤先生は膝の専門家ということですが、一般外来でも診察しているのですか。
診察もしていますが、僕のところに来るのはアスリートばかりです。ラグビー以外にも陸上競技やバスケットボール、柔道、大相撲の力士などです。必要な人は膝の手術もしています。
これまで何度くらい膝の手術を経験されましたか。
ラグビー選手だけで、2000例以上になります。膝の靱帯に関しては、手術そのものよりもリハビリが進歩し、復帰した時のパフォーマンスが昔よりも上がっています。現在は、前十字靱帯の断裂でも95%くらいの復帰率ですから、復帰できないということはまずないですね。
個別の選手のことで、嬉しかった経験はありますか。
大怪我をして復帰した選手がいると嬉しいです。2015年のラグビーワールドカップでは2人いました。アマナキ・レレイ・マフィは2014年12月に股関節の脱臼骨折をし、2015年2月には眞壁伸弥がハムストリング(太ももの裏側の筋肉)を筋断裂しました。2人とも9月のラグビーワールドカップには間に合わないと考えられていました。しかし、2人とも直前に復帰しました。本人たちが一番努力したのですが、9月19日(日本時間では9月20日)の南アフリカ代表戦に向けて、スタッフが一丸となって仕上げていった作業は素晴らしかったです。これほど大きな怪我をしても、大舞台に立てるのだという、貴重な経験でした。
一方で怪我が原因で引退する選手もいますね。
すべての怪我を治せるわけではありません。ドクターとして、ストップをかけなければいけないときはあります。以前、こんなことがありました。國學院久我山高校のラグビー部員で脳の血管に先天的な異常がある選手がいました。僕が見ている試合中にふらふらとして転んだので、おかしいと思ってMRIを撮ったら、血管の異常がありました。ご両親に「リスクが高いので、ラグビーはやめたほうがいい」と話しました。本人は当然納得できなかったようで、セカンドオピニオンを求めて他の医療機関も受診していましたが、診断は同じでした。結局、プレーはできなくなりましたが、その子はニュージーランドに渡り、ストレングスコーチになって日本に戻ってきました。いまサントリーサンゴリアスのスタッフ(ヘッドS&Cコーチ)になっています。平松航(わたる)君です。これは嬉しかったですね。
もし、ラグビーを続けていたら、深刻な事態になった可能性もありますね。
それもありますし、選手としてプレーしなくても、ラグビーに関わる仕事はいっぱいあるという証明だと思います。彼が高校生の時、「そんなにラグビーが好きだったら、別の道もあるんじゃないかな」という話をした記憶があります。彼がその道を見つけて、実現してくれたことは嬉しいことでした。
先生の過去のインタビューを読ませていただいたら、「目の前の選手が幸せになってくれることが一番の目標」と書いてありました。
それが一番の目標です。つらいのは、メンバーに入りながら、大会などの直前に怪我で去っていく選手を見ることですね。それは辛いです。大会前の試合は、怪我をしないでくれと祈りながら見ています。
スポーツドクターは、整形外科の先生が多いのでしょうか。
20年前はそうでした。いまは違う科の先生も増えています。実際に運動器の診断と治療を主に行うのは整形外科ですが、内科的な問題や、コンディショニング、メンタル面のことなど、幅広く対応することが求められています。総合診療科とか、救急科の先生もいますし、これからはオールラウンドなドクターも必要な時代になってくると思います。
いま小学生、中学生で将来スポーツドクターになりたい人も選択肢はいろいろあるということですね。
将来スポーツドクターになりたいと思ったら、整形外科だけではなく、もっと幅広い知識を持ったほうがいいでしょう。スポーツドクターにもいろいろあって、トップアスリートを診るだけではなく、一般のスポーツを支えたり、健康寿命を延ばす運動を支えたり、地域のコミュニティーで子供達を支えたり、社会で求められる役割は幅広いのです。トップアスリートを診た経験を、そういう場で伝えていくのも良いし、最初からそういう場にいくのも良いと思います。
今後は、どのようにスポーツと関わっていきたいと思っていますか。
若いドクターに経験を伝えて、後ろからサポートできたら良いですね。現在の日本代表にもメディカルディレクターという立場で関わっています。負傷者の報告を受け、アドバイスをしていますし、診察に来る選手もいます。引き続き、日本代表もサポートしていきたいと思います。